眼科診療とAI

筑波大学医学医療系眼科 教授
公益財団法人 日本眼科学会 理事長
大鹿 哲郎 先生
大鹿 哲郎 先生

 

はじめに

 車の自動運転、お掃除ロボット、自動翻訳、検索エンジン、囲碁・将棋・チェス、スマートスピーカーなど、人工知能(artificial intelligence,AI)は日常生活の中に入り込み、その役割を急速に拡げています.過去何回かのブームと衰退を経て、AIはいよいよ本格的な社会実装(実用化)の時期を迎えています。
 医療は、AIの活用が大いに期待されている領域の一つです。医療現場では、診断、治療法・薬剤の選択などで多くの判断が求められるため、医療AIの導入によって、より正確な判断が下せるようになったり、人員不足による業務負担の軽減に役立ったりすることが期待されています。
 日本眼科学会は、日本眼科医療機器協会の多大なる御協力を得て、AI・ビッグデータ事業を進めています。

医療とAI

 ビッグデータと呼ばれる大量のデータを用いることで、AIが自ら知識を獲得する機械学習(machine learning)が実用化され、また知識を定義する要素(特徴量、対象を認識する際に注目すべき特徴を定量的に表したもの)をAIが自ら習得する深層学習(deep learning)が登場したことが、現在のAIブームの背景にあります。深層学習の実用化、インターネットを駆使した大量のデータ収集、コンピュータ処理能力の飛躍的向上が相俟って、AIは一気に実用化の時代を迎えています。
 この仕組みを医療に持ち込んだのが、医療AIです。画像認識に限らず、ゲノム解析、医療機器への組み込み、創薬、医療事務の支援など、様々な分野で応用が進んでいます。
 画像を含む大量のデジタル情報を日々扱う眼科学は、ビッグデータ・AIとの親和性が非常に高い分野です。眼科の画像は、画角や照明法などの撮影方法が標準化されていることが多く、また検査データも共通フォーマットに従ってデジタル化されていることが多いため、コンピュータ・アルゴリズムを駆使した処理に向いています。

日本眼科学会とAI

 世界中で医療AIの開発が急ピッチで進行しています。今、手をこまねいていると、GAFAなど欧米のプラットフォーマーや、中国・アジアの中央集権的データ財閥に全く太刀打ちできなくなり、日本市場を席巻されてしまうことになります。winner-takes-allの世界です。この領域のデフォルトを一旦握られたら、その後はデータもお金も、際限なく外国勢力に吸い上げられ続けることになりかねません。国益を護るためにも、また眼科医療の発展性と創造性を死守するためにも、我が国独自のデータベースを構築し、国産AI開発プロジェクトの基盤を整備しておくことは極めて重要であり、急務といえます。
 日本眼科学会では、日本眼科AI学会と一般社団法人Japan Ocular Imaging Registry(JOI Registry)を設立し、日本の眼科におけるAI・ビッグデータ関連のインフラ整備(基盤構築)を進めています(図1)。データ解析については国立情報学研究所(NII)と共同し、成果物の社会実装については日本眼科医療機器協会(JOIA)およびその傘下の合同会社G-DATAと緊密に連携しています。

図1

眼科医療AIの具体例

 医療におけるAIの活用方法は多岐にわたり、眼科においても、AIの働きが表に出ているものもあれば、AIが裏で働いているものもあります。
 AIが裏で働いている領域としては、緑内障視野検査のアルゴリズム、光干渉断層計(OCT)におけるノイズ除去や、網脈絡膜層構造の切り分け(セグメンテーション)などがあります。これらのAIは常にバックグラウンドで稼働しており、ユーザーがその働きを意識する必要はありません。
 一方、表に見える領域としては、AIを使用した画像診断が代表的ですが、ほとんどの医療AIアプリケーションはまだ研究あるいは開発段階にあり、明示的にAIの臨床応用といえる例は多くはありません。現在本邦で承認されているAI関連医療機器プログラムは10ちょっとですが、内視鏡画像診断支援か、X線CT画像の診断のいずれかであり、他領域のものはまだありません。
 眼科においては、網膜疾患(図2)、緑内障、角膜疾患(図3)、眼腫瘍などにおいてビッグデータ収集・AI解析が進んでおり、専門医に匹敵する診断能力が得られています。またさらに、スマートフォンを使用しての前眼部画像入力に対して、AI解析を行い、診断支援を行うというスキームについても研究が進行しています。

図2

図3

 手術領域では、患者の取り違え、左右の間違えなどの安全チェックにAIが利用可能です。眼科手術では、眼内レンズの度数間違え防止なども、その対象となります(図4)。手術教育や手技のガイドにAIを活用する試みも行われています。
 これらをプロダクトとして完成させ、治験を行い、医療機器として認証を受けた後、ビジネスモデルを確立して臨床の場に届けるためには、法制を含めて乗り越えるべきハードルが多く、日本眼科学会・JOI Registryは、日本眼科医療機器協会と協力して事業を進めています。

図4

おわりに

 AI・ビッグデータの領域は、国際的に熾烈な競争の渦中にあります。我が国としては、データ量で勝負するのではなく、データの内容と質を重視する戦略をとる必要があります。幸いなことに、眼科医療機器は国内メーカーのシェアが世界的に高いものが多く、一部のデータ出力形式は既に本邦主導で国際標準化(ISO)規格制定が進んでいます。また、眼科部門カルテのベンダーを始め、日本眼科医療機器協会には全面的に御協力頂いています。日本眼科学会としては眼科医療の発展と我が国の世界的競争力維持のために、この分野の研究と臨床応用を進めていきたいと考えています。