新型コロナウイルス感染症パンデミックを経験した眼科医療の今後の展望

公益社団法人 日本眼科医会 会長 白根 雅子 先生

公益社団法人 日本眼科医会 会長 白根 雅子 先生

 2020年、日本眼科医会(以下、本会)は創立90周年を迎え、節目を記念して全国各地で盛大に目の健康講座を開催する予定でした。ところが、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)パンデミックによって全ての計画が停止してしまい、歴史の転換点はこのようにして訪れるということが記憶に刻まれました。

COVID-19への日本眼科医会の対応

図1

図1

 2020年2月にCOVID-19が国内で拡大し始めたとき、本会は直ちに眼科医療者の安全を守ることを最優先に対応を開始し、都道府県眼科医会にも呼びかけて全ての会務をWebに切り替えました。3月初めにCOVID-19対策本部を設置し、世界中の情報を検索してこの感染症の特徴、感染防御対策、事業/雇用助成制度などの眼科医が必要とする情報を収集し、ホームページと「日本の眼科」に掲載しました【図1】。かなり早い段階で皆様に正確な情報を届けることができたのではないかと思います。

医療への影響

図2

図2

 感染拡大とともに小児科、耳鼻咽喉科を中心に患者さんの受診抑制が起こり、眼科でも3月以降受診者が著しく減少して【図2】、皆が先行きに大きな不安を覚えました。幸い眼科の受診者は6月以降回復傾向にありますが、職場ではリモートワーク、学校ではWebを用いた授業が定着しつつあり、このスタイルを必要としていたサイレントマジョリティーを核にして社会のIT化が一気に拡大することは間違いないと予想します。生活様式の変化により、感染症をはじめとした疾患構造に変化が生じる可能性もあります。社会の動向をよく観察し、今後の眼科診療への影響を予測して行動しなければなりません。

通院困難者への対応

 COVID-19の長期蔓延により、患者さんの通院状況にも変化が起こっています。高齢になると車の運転を止める人が増えることに加え、足腰が弱って公共交通機関の利用も難しくなり通院が遠のく人が確実に増加しています。さらに感染拡大に伴う通院介助者の不足も追い討ちをかけ、通院の間隔が3ヶ月になり、6ヶ月になり..と、眼圧を確認できないままになっている緑内障の患者さんも目立つようになりました。感染が怖いので通院の間隔をあけたいと希望する人も増え、コロナ禍が収束してもこの状態が習慣化してしまうことは十分に予想されます。このような状況を見過ごして眼科医が通院困難者に適切な医療を提供できなければ、やがて患者さんは身近な存在である総合診療医を頼りにすることになるかもしれません。眼疾患は眼科専門医でなければ的確に治療できないことを提言するとともに、それを実行できる仕組みを早く整えなければならないと考えています。政府がオンライン診療推進に注力していることを契機に、その利活用を積極的に検討する時が来ていると思います。受診が難しい時には、眼科医の指示により訪問看護師や家族が目の状態を撮影し、その情報をオンラインで評価できるような簡便な機器があれば、患者さんの通院負担を軽減して必要な治療を継続することが可能になるでしょう。薬剤の確実な投与方法の開発や、現在研究が進んでいるAIの活用も期待されるところです。

医師の働き方改革、学会/医会活動、企業活動のこれから

 パンデミックを契機にWebを利用した会議や学会運営が浸透しましたが、この最大の利点は全ての人に平等に与えられた時間を、真に平等に使えることです。新型コロナウイルスはその強大な毒性により、人々の意識に変革をもたらしました。遅れをとっていた日本のIT環境もガラッと変わることでしょう。これまで「face to faceで話をしなければ失礼である」という意識に縛られ、移動のためにどれほど膨大なコストと時間を費やしてきたことでしょう。Web利用に慣れて上手に使いこなせば、企業、医療者双方の時間運用が効率的になり、多様な人材が活躍できるようになるのではないでしょうか。

図3

図3

 国は、強い意志で医師の働き方改革を推進しています。日本の女性医師の割合は年々増加傾向ですが、病院で常態化している勤務医の長時間労働が女性のキャリア継続を困難にしており、これを是正することも働き方改革の目的の一つです。眼科は女性医師が多い診療科なので、本会では10年前から「男女共同参画」を推進し、本会役員や委員会委員に女性の登用を進めてきました【図3】。2021年度には、この事業を先進諸国ではすでに常識となっている「ダイバーシティ推進」へと発展させます【図4】。

図4

図4

 意思決定にかかわるポジションへの女性登用の割合は,、リスク管理や環境変化への適応力を示すとされ、 今や企業や組織の将来性を評価する指標になっています。【注1】 さらに、人には男性と女性という区分以外にも老若、病気療養中、介護中、外国人などなど様々な立場があり、多様性の採用は市場の開拓に斬新なアイデアをもたらし、組織発展の原動力になると思います。コロナ禍をチャンスと捉え、ダイバーシティを推進して多様な人の知恵を集め、協会各社の皆様と連携して国民の目を守るためのさらなる目標に向けて飛躍したいと願っています。

 1) 機関投資家が評価する企業の女性活躍推進と情報開示:企業における見える化,ESG 投資における女性活躍情報 の活用状況に関する調査研究(2018 年度調査にもとづく).内閣府 男女共同参画局
http://www.gender.go.jp/policy/mieruka/company/pdf/30esg_research_01.pdf